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[前・寅年の時の俺]トミーver.
2010/01/30 18:06:38 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 金曜男
はいさい♪
昨日に引き続きまして、本日も金曜担当T☆MMYが赤裸々に・・・

「12年前のおれ」語っていきたいと思います♪



さて・・・

12年前の寅年。

それは、僕が中学三年生、15歳の頃ですね。

15歳=『思春期』   ・・・the思春期の真っ只中でございますね?!

あらら・・・チョッピリほろ苦い、なかなかheavyな年代ですよ・・・f^Д^;
まぁこれも何かの縁。
12年前の思い出を書き綴ってみます・ ・ ・


・・・・・・12年前・・・・・

その当時、
母子家庭に育った僕は、やたら母親にあたっていました。

「父親」と言う存在を求め、未だ見ぬ「父親」に何かを期待していたんだと思うんです。

困る母親に、父の事を根掘り葉掘り聞きだそうと躍起になっていた頃もあります。

困った母は何も語らず、涙をこらえ、口を硬く紡いでいました。

思い通りに事が進まず、イライラし学校も行かず海でただ呆けてみたり。家をとびだしてみたり、

考えてみれば・・・子供だったんですねぇ・・・今は反省しています。

「父親」に何かを期待し、何かを求めていたんだと思うのですが、今では思い出せません。

ただ母にはとてもつらく、悲しい思いをさせたのだと思います。




そして15歳くらいの時に、僕の人生を変える出会いがありました。


『〜冒険家との出会い〜』

冒険家といっても・・・
映画の「インディージョーンズ」の様に、秘められた財宝をアクロバティックに探求するのではなく、

風の力だけを頼りに舵を取る「ヨット」に乗り込み、だだっ広い大海原をたった一人で300日近くの日数をかけ、地球をぐるり一周する冒険家でした。


って、初めて会った僕の「父親」だったんですけどねf^∀^:

困り果てた母が僕に対面するチャンスを設けてくれたんです。

初めて父に会う。

とっても緊張しました。

そして、すきあらば一発殴ってやろう!って頭の中でシュミレーションして父にあったのですが、


が・・・

あまり覚えてないんですよね・・・緊張しすぎていたのでしょうか・・・

ただ、40以上歳の離れた父は「色が黒く」「いい身体」のおっちゃんで。

とても50歳過ぎに見えない筋肉、肌だったのを覚えています。

何を話したかも覚えていないんですが、薄暗い地元の駅裏で20分ぐらい何かを話して、最後の別れ際

         「時計を交換しよう!」

っと、父の提案で言われるままお互い時計を交換し、固い握手をして別れました。
父の手の感触は・・・ゴツゴツして、力強く、パワーに満ち溢れていましたね。

結局一発もお見舞いする事も出来ずに家路に付きました。


左手には、着けなれない、やたら重たい時計。。。
その時は流行の「G−ショック」とは全然ちがうなぁ・・・
って、まさかの21世紀目前でアナログ時計かよ?!

位の感覚でいました。


それからしばらくして、交換した時計が「ダイバーズウオッチ」であることを知り、「ダイビング」なんて親しみの無い言葉と出会ったのです。


それからはある意味トントン拍子だったと思います。


「海」「家を出る」の両方を満たす学校

「海洋高校」を目指し、勉学に励み、なんとか高校に入学!

「海」の道へ進む事に決めた年ですね。

あ。僕にとっては12年前が『海元年』だったんでしょうね♪



12年前の写真は・・・
学校もろくにいってなかったので残ってないですねぇf^∀^;
ただ、12年前から正確に時を刻み続けてきた『ダイバーズウオッチ』が僕の宝物です♪

以前のblogにも書いていたのですが、今では古くなりすぎ
ベゼルの文字も消え、針も腐食して、一緒にダイビングする事は出来なくなり第一線は退いたのですが、
12年間の記憶と共に、今でも部屋の方隅で時を刻み続けています。


12年、長いようで短い時間ですが、やっぱり子供だったんですねぇ、今もあまり変わっていない気がしますが、少しは成長できているんでしょうか・・・
ん〜まだ分かりません!

ただ、いつかは親父のように大海原に冒険しに行ってみたいですね♪
なにかギネスになるようなネタ探して見ます。


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