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神様から特別に託された命...
2007/05/22 23:38:01 書庫 全般
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昨日...会社の同僚の息子さんが亡くなりました。

...この世に生まれてきて...207日の命でした。 

会社で、いつも苦楽を共にしている同僚のひとり...

昨年...現場に向かう僕が運転するトラックの助手席で...彼が嬉しそうに

「2番目の子供が出来た...頑張らなきゃ」

と言っていました。

...その数ヵ月後、

「子供...生まれて来ないかもしれない...」

と悲しそうに呟く同僚...

脳と内臓に重い障害があり、生まれたとしても、数ヶ月生きていけるかどうか...と医者に言われたのだそうです。

それは、暗に...堕ろすこと勧められている言葉にも聞こえたそうです。

彼は、奥さんと話し合い、ほんの数ヶ月の命でも、神様から特別に託された命ある限り、しっかりと育てて行きたい...そう決意し、昨年の10月27日...その子はこの世に生を受けました。

小さな小さな男の子の赤ちゃんでした...

彼は、その子に「康祐(こうすけ)」と名づけました。

健「康」に育ってほしい...神様...この子を「祐(たすけて)」下さい...

家族の強い願いが込められた名前を授かった康祐君は、特殊なケースの中で...小さな命を輝かせていました。

...彼は、神様から特別に託された、康祐君の為に...一生懸命頑張ろうと、頭を丸め...どんなに苦しい仕事も率先してこなしていました。

...島の病院では、対応できないので...康祐君と母親は、沖縄本島の病院で、過ごしていました。

...医者は、このまま...短い天寿を全うするまで、病院で過ごしては...と勧めたそうですが...彼は、康祐は、きっと家族の愛と暖かい団欒に囲まれたいはずだ...と思い、この島で家族と共に生活させることを決意...

...特別な医療器具に囲まれ一時も目が離せない生活になるということで、康祐君のお姉ちゃんのなみちゃんが通う...平真小学校の近くに引っ越す準備も進めていました...その小学校の体育館は、昨年、彼が建築工事を担当し新築されました。

...ようやく、康祐君とお母さんが、この島に帰ってこれたのは先週...念願の、康祐君と家族が、共に生活する日が始まったばかりだったのに...

昨日の朝...現場の作業の段取りを終えた彼のところに、康祐君の心臓が止まっているので救急車で八重山病院に運ばれた...という知らせが入りました。

...康祐君の小さな心臓は鼓動を止めたまま...再び動くことはありませんでした。

この世に生を受けて207日...小さくてもしっかり輝いた命...

...家に帰ってきた康祐君は、お父さんが...手作りで作ったゆりかごの中で、初めて...眠ることが出来ました。

最近...コウノトリのゆりかご...というものが出来たようです...神様から託された命を大切にしてほしい...



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『今語るイラク派遣の真実』
2007/05/22 02:08:47 書庫 全般
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お知らせ...

来月..6月11日(月)午後7時より、大川公民館にて、イラク戦争後、イラクの復興を支援する為に派遣された、自衛隊の第1次イラク復興支援業務支援隊長であった、佐藤正久氏による『今語るイラク派遣の真実』と題した講演会が開催されます。

主催は、八重山防衛協会です。

佐藤正久氏...自衛隊によるイラク復興の派遣で第一陣となる陸上自衛隊の隊長として、「ひげの隊長」としてマスコミ等でもよく取り上げられた方なので、知っている方も多いと思います。

イラクでの本格的な戦闘終結後...非戦闘地域とはいえ、未だイラク各地で散発的な戦火やテロ行為が頻発している中...自衛隊創設後初の戦後復興派遣の隊を率い、派遣先のイラク南部サマーワの地元首長達や、住民達と、どのように接し、そして任務を行なってきたのか...

自衛隊が、戦後初...自衛隊創設初となる他国へ大部隊を派遣させるということで、イラクに派遣され現地での活動を始めるまでは、マスコミで多く取り上げられていましたが、その後...活動の様子は、殆ど国民に伝わることはありませんでした。

今回の講演では、その活動の真実を聞けると思います。

・・・佐藤正久氏プロフィール・・・

昭和35年 福島県生まれ(46歳)

       防衛大学卒・米陸軍指揮幕僚大学卒

昭和59年 第4普通化連隊

平成 4年 外務省アジア局出向

平成 8年 国連PKOゴラン高原派遣輸送隊初代隊長

平成13年 東北方面総監部防衛部

平成16年 イラク先遣隊長・復興業務支援隊初代隊長

平成19年 退官 自由民主党参議院比例区第62支部長



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トライアスロンW杯石垣島大会...継続or廃止
2007/05/20 22:43:21 書庫 全般
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ここ数年、トライアスロンワールドカップ石垣島大会の開催が、継続か廃止かで議論になっていますが、先日の八重山毎日新聞にもありましたが、今回も議論になっているようですね。

八重山毎日新聞によると、廃止論者の主張は、石垣市の財政負担が大きい、市民や企業の寄付の負担が大きい、石垣市職員がW杯開催準備で、本来の業務が停滞する...W杯の経済効果に疑問、W杯開催予算を福祉や教育に向けるべき...だそうです。

石垣市の財政負担...W杯の開催費用は、義務的経費..企業でいう固定費ではなく、石垣市を日本内外に発信する営業費・販売促進費みたいなものなので、その効果を1〜2年で確かめるのは、難しいと思う...

市民や企業の寄付の負担が大きい...

...!?...

寄付は寄付です。義務でも強要されているわけでもありません...寄付というカタチで、他の見返りを要求していると誤解されますよ。

石垣市職員がW杯開催準備で、本来の業務が停滞する...W杯運営に関わっている観光協会やその他団体、八重山JC会員も、すべてボランティアです。市職員もボランティアで関わる人も多いと思いますが、それは開催前後のわずかな期間だし、専任の職員は、当然、給料もらっているわけだし...

W杯の経済効果...経済効果はあると思う...ただ、このようなスポーツイベントは、単に経済効果だけを狙って開催するわけではなく、スポーツ文化の発展のような側面の方が強いと思う。

福祉や教育に...も、W杯がもたらす効果よりも具体性のある目的があれば、検討してもいいと思いますが...

私は、トライアスロンW杯石垣島大会について、今...廃止を検討する要因は何もないと思います。

離島の離島に住む私達にとって...いや、青少年達にとって、世界の一流に接する機会なんて滅多にないことだと思う。ましてや、五輪の正式種目にもなっているスポーツ競技のワールドカップというイベントを開催できるなんて、日本の地方都市でも、殆どないのでは...

また、ワールドカップというイベントを開催することで、世界のトップイベントを開催しているノウハウは、石垣市の他の事業やなんらかの国際的なイベント開催に、大いに役に立つのでは...

継続は力なり...ではありませんが、継続して開催していくことによって、将来に向けて大きな効果があると思います。

トライアスロンワールドカップ石垣島大会の開催継続に対し、石垣市観光協会が、石垣市に継続開催の要請を行なったようです。

しかし...そもそも...このような大会は、行政が行なうのではなく、民間団体が主体となって行なう方がいいのでは...と思う。

トライアスロンワールドカップ石垣島大会の波及効果は、いろんな分野に及ぶと思いますが、その効果を最も受けるのが、各スポーツ振興団体、観光協会ではないだろうか...

先の石垣市への要請で思うのが...かつてのように、民間団体が、行政になんでもかんでも要請していく時代ではないのでは...と思う。

観光業界などは、地域経済のリーディング産業でもあるし、W杯の継続開催が重要だと訴えるのであれば、将来的には、観光協会が主体となる主催者になった方がいいのでは...

今年から、沖縄県八重山支庁が主体となって開催いてきた「八重山の産業まつり」も、今年から、八重山JCが開催の主体となります。

地方の時代...地方の自立が、否応がなしに進められている今の時代です...地域の発展になると思う事業であれば、民間主導で官民連携して取り組まなければ...と思います。

...一度破綻した夕張市...でも、この街を復興させて行こうとしているのは、民間の方たちです。



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憲法記念日
2007/05/04 02:25:31 書庫 全般
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今日は憲法記念日...制定から60年の還暦を迎えた、日本国憲法です。

憲法改正に意欲を示す安部総理は、憲法記念日を前に憲法改正に向けた異例の首相談話を発表しています。 

また、全国各地で護憲・改憲・論憲・創憲の方々が、集会を行なったようですね。

石垣でも、イオンタウン近くの国道沿いで、護憲派の女性団体が、横断幕とプラカードを持って街頭演説を行なっていました(最近...不発弾処理の為に石垣市議会が可決した自衛隊不発弾処理隊の常駐に抗議した女性団体でしょうか...)

昨年..八重山JCの理事長を務めていた際に、地元新聞社の憲法記念日の企画で、改憲の立場から護憲の立場の方と紙上討論というかたちで、意見を述べさせて頂きました(...懐かしいなぁ〜)。

http://www.ishigaki.fm/yjc/2006/pdf/20060503riji.pdf

現在の日本国憲法について、護憲・改憲で論争になるのは、概ね..その制定の成り立ちと、憲法9条についてだと思う。

制定の成り立ちの問題としては、日本が占領下にあった中で、G.H.Qの指導の下に制定されたということであり、占領憲法と言われたり暫定憲法といわれる所以でもある。

敗戦後...日本を占領した連合軍は、日本の国体を根本から崩そうと、帝国憲法を破棄し、早急に新憲法を制定する必要から、急ごしらえで、現憲法を制定...わずか6日間で... 明治憲法(大日本帝国憲法)が、9年もの長い期間を掛け制定したのと比べると、やはり暫定憲法としか云う他ありません。

おそらく、G.H.Qも日本が主権回復後は、新憲法を制定すると思っていたはずで、実際に、憲法制定に関わった米国人が、日本がその憲法を今もそのまま使用していることに、驚いているのだそうです。

同じ敗戦国のドイツが、憲法改正を46回も行なっているし、他国も同じように時代に合わせ、憲法を何度も改正している。

日本も、主権を回復した後に、憲法改正を行うだろう...日本人のみならず、誰もがそう思っていたはずである。

それが、現在まで改正されなかったのは...自由主義陣営と共産主義陣営が戦後の覇権をどちらの側が握るか...という覇権争いに、敗戦で牙を抜かれたとはいえ、潜在的に大国としての能力を持っている日本の憲法9条が、それぞれの側の思想に影響を受けた者達に利用されていたことも一因だと思う。(これについては、いつか時間を割いて書きたいと思います。)

制定から現在に至るまで、護憲・改憲論争でも、日本のあり方を論じる前に、常に様々な思惑が複雑に絡み合って来た日本国憲法...

真の自立国家日本創造の為にも、一度..新憲法制定の手続きを行い、国民が草の根でも議論を深め、その結果...同じ憲法を使用して行こうとするならば、それはそれで、日本国民自らの手で制定した憲法として、誇りをもって掲げましょう。

 



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八重山を代表するジャーナリスト...
2007/05/01 22:36:47 書庫 全般
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八重山を代表するジャーナリスト、友寄英正氏がお亡くなりになりました。

享年69歳だそうです。

いつもカメラマンベストを着て、愛車のジムニーで現場に駆けつける頑固親父...友寄氏が亡くなったという訃報...

八重山を愛し、八重山を最も知るひとりであり、湾岸戦争では、単身自費でクウェートまで行き取材を行なったり...

真のジャーナリスト魂溢れる方でした。 

ついこの前...「最近、友寄さん見ないな〜」と思っていたのですが、今日...お寺に嫁いだ姉から、「ジャーナリストの友寄さんが亡くなったわよ」と聞いて驚きました。

友寄氏...取材の途中とかに、よくJC事務局に立ち寄って、世間話をしていたものです。

そして必ず言うコトバが...

「JCはもっと元気にならんと〜お前ら、昔の先輩の元気さに比べたら負けているぞ〜」

...でした。

私に、地域のこと、社会のことを教えてくれた方の1人であり、このようにブログで地域のことを書こうと思ったのも、友寄氏の影響が大きいと思います。

八重山JCの例会の講師を務めて頂いたり、以前..毎年恒例で行なっていたマスコミ懇談会でも、八重山JCを叱咤激励して頂き、八重山JCの良きアドバイザーであった友寄氏のご逝去の報に接し心からご冥福をお祈りいたします。

 



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