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俺は、君のためにこそ死にに行く
2007/10/30 23:27:40 書庫 全般
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大東亜戦争末期...

沖縄攻撃を行う米軍に、『特攻』を行う為に飛び立った日本陸軍飛行隊の基地、鹿児島の知覧飛行場を舞台とし、特攻で散華していった隊員達のことを母親のように面倒を見た女性を描いた映画...

俺は、君のためにこそ死にに行く』をDVDで見ました。

すでに、劇場やDVDで見られた方も多いと思いますが、私は...石垣島で上映がなされなかったので、最近になってやっとDVDで見ることが出来たのですが...

映画を観終わって...涙もなく..ただただ、重い重い悲しさと無力感だけが残りました。

昨年、八重山JC創立45周年記念で上映会を行った、『男たちの大和』では、何度も涙したシーンがあったのですが...この映画で、涙を流すことはありませんでした。

映画の脚本や演出がどうのこうのということではなく、死ぬことを目的とした『特攻』という...現代の日本人の価値観からすれば、絶望的な現実を目の前にした、若き特攻隊員達の直向さに...終始、心臓を鷲づかみされているような苦しさだけが残りました。

戦争末期、資源不足から来る劣悪な燃料と整備不良で、本来の設計性能すら引き出すことさえ出来なくなっていた旧式の戦闘機で、やっと...飛行訓練を終えたばかりの10代後半から20代前半の若き飛行士が、米英軍の圧倒的な軍事力を前にして、250kg爆弾を抱えて自ら体当たりをすることとした『特攻』...

体当たりで敵に損害を与える...という目的以上に、日本民族は、身を挺してでも国体を護るということを連合軍に対して見せつけ...圧倒的不利な状況下で、3分7部の講和を5部5部までに持っていこうとすることを意義としていた『特攻』という非情な作戦に、数千名もの若き隊員達が...戦後の日本の繁栄を願って散華していったという事実が、あまりにも悲しくて、私自身...それを受け止められなかったのかもしれません。

特攻隊の方々の、崇高な犠牲の上に、今日の平和な日本があるのだということを、私達はもっともっと感謝しなければならないと思うと同時に...二度と戦争を起こしてはならない、再び...『特攻隊』を作ってはならないと思いました。

...これを書いていて、今頃...涙が出てきました。。。

とにかく...日本は、あの戦争で...優秀な人財を数多く失い過ぎた...あの方々が、戦後も生きていれば...と思うと、本当に残念でなりません。

この映画...実際に、特攻の母として特攻隊員達に慕われていた、鹿児島県の知覧にあった『富屋食堂』の長浜とめさんの回想録を中心に映画は展開していくのですが...特攻隊員の特攻へ向かう前の苦悩、特攻という作戦そのものへの苦悩...そして、未来の日本への思いが痛いほど伝わってきます。

とてもとても重い重い映画...でも、日本人は絶対に観なければならない映画です...まだ観ていない方は、是非観てください。


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中條高徳氏講演会2
2007/10/28 21:19:24 書庫 全般
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中條高徳氏講演会の続き...です。 

「今から62年前の日本は、今からすると...はるかに貧乏だった、しかし...凛としていた」

という言葉から始まった講演...

80歳という高齢の中条氏が、壇上に立ち、身振り手振りで講演をしているので、講演の最後まで気を抜くこと無いよう、私は背筋を伸ばし、中條氏の話に聞き入りました。

戦争とは何なのか...国益のぶつかり合いが話し合いで解決できなかったら、力と力で勝負をつけてもいいという仕組みになっている=『戦争』に正義というものはない。

国益と国益のぶつかり合いである正義なき戦争に負けた日本に...米国を中心とした占領軍がやってきて、日本が悪かったんだという歴史を綴り...新聞やいろんな報道機関、NHKまで動員して、真相はこうだという意識を徹底的に戦後の日本人に浸透させていった『ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム』のこと...

そして、何故...日本とアメリカは戦争をすることになったのか...江戸末期の1853年に突如現れたアメリカのペリー提督率いる黒船来航から、明治維新...日清・日露戦争...そして日中戦争、太平洋戦争までの経緯を、本当にわかりやすく話していただきました。

黒船に驚いた日本が、何故...ちょんまげを切り落とし、わずか数十年で、アジア唯一の近代国家になったのか...

中條氏は、それは...当時の日本人の「気づき」であったと述べています。

「気づき」というものは、常日頃から高い危機意識を持ち、求める気持ちが高ければ高いほど、気づきの良さは正比例する...しかし、『豊か』であれば、その気づきの良さは、反比例していく...現代の『物質的に豊かな』日本人に、あの当時の気づきの良さはあるのか?

講演では、その後...占領下に発布された現在の日本国憲法の成り立ちの経緯、東京裁判の話をして頂き...最後に、戦後...国家の縦軸と横軸をズタズタにされた日本が、今後とも...日本であり続けるためには、中条氏は、国家の縦軸・横軸がズタズタにされても、先祖を大切に守る「家」の「躾」が出来ていれば大丈夫だと仰ってます。

中條氏のいう躾の三原則は

○『挨拶』の出来る子供にする
○目上の人の話を素直に聞ける子供にする
○後片付けが出来る子供にする

講演後は、この素晴らしい講演会を企画して頂いた、現年度の(社)日本青年会議所沖縄地区協議会の照屋会長と中條氏の対談がありましたが、真栄田副会長の『自分が疑問に思っていた歴史上のひとつひとつの事象が、パズルを解くがごとく組み合わさっていき、とてもすっきりとした気持ちになった」という言葉が、今回の講演を最も適切に表していました。

最後に...中條氏が、講演の冒頭で読み上げた、マレーシアの元上院議員...ノンチェック氏による現代の日本を憂う詩を紹介致します。

マレーシア元上院議員
ラジャー・ダト・ノンチック氏の著書「日本よありがとう」の序文

かつて 日本人は清らかで美しかった
かつて 日本人は親切で心豊かだった

アジアの国の誰にでも
自分のことのように 一生懸命つくしてくれた

何千万人もの人のなかには
少しは変な人もいたし おこりんぼや わがままな人もいた

自分の考えを おしつけて いばってばかりいる人だって
いなかったわけじゃない
          
でも その頃の日本人は
そんな少しの いやなことや 不愉快さを越えて
おおらかで まじめで 希望に満ちて明るかった 
                     
戦後の日本人は 自分たち日本人のことを 悪者だと思い込まされた

学校でも ジャーナリズムも そうだとしか教えてなかったから
まじめに 自分たちの父祖や先輩は
悪いことばかりした残酷無情な ひどい人たちだったと思っているようだ

だから アジアの国に行ったら ひたすら ペコペコあやまって
私たちはそんなことはいたしませんと 言えばよいと思っている      
                     
そのくせ 経済力がついてきて 技術が向上してくると
自分の国や自分までが えらいと思うようになってきて

うわべや口先では済まなかった悪かったと言いながら
ひとりよがりの 自分本位のえらそうな態度をする

そんな今の日本人が心配だ
本当にどうなっちまったんだろう     

日本人はそんなはずじゃなかったのに

本当の日本人を知っているわたしたちは
今は いつも 歯がゆくて くやしい思いがする   

自分のことや
自分の会社の利益ばかり考えて
こせこせと 身勝手な行動ばかりしているヒョロヒョロの日本人は
これが本当の日本人だろうか

自分たちだけで集まっては
自分たちだけの楽しみやぜいたくにふけりながら

自分がお世話になって住んでいる
自分の会社が仕事をしているその国と国民のことを
さげすんだ眼でみたり バカにしたりする

こんなひとたちと
本当に仲よくしてゆけるだろうか

どうして
どうして日本人は
こんなになってしまったんだ 



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中條高徳氏講演会
2007/10/27 19:42:35 書庫 全般
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行列の出来る日本史授業...『中條高徳氏』講演会に参加してきました!

今回の講演会は、現年度の(社)日本青年会議所沖縄地区協議会のフィナーレを飾る事業『地区フォーラム』として、一般の方々を招いて開催されました。

中條先生...

1927年長野県松本市に生まれで、現在80歳!
陸軍士官学校60期正で、終戦後...アサヒビールに入社
崖っぷちに立たされていたアサヒビールで、常務取締役営業本部長として、看板ビール『アサヒスーパードライ』作戦で、会社再建計画に着手し大成功を収めます。

その後...代表取締役副社長を経て、同社会長に就任、現在は...名誉顧問を務められています。

1998年に、中條氏著書『孫からの質問状 おじいちゃん 戦争のこと教えて』が話題になり、以後...戦後失われた日本の歴史と精神文化を取り戻すべく、全国各地で講演を行っています。

中條氏のお話を聞くのは、今年のサマコンのメインフォーラム以来でしたが...今回は、ホテルの宴会場での講演と言うことで、間近で...中條氏の講演を聞くことが出来ました。

80歳...という年齢を感じさせない、凛とした存在感で...壇上に立っておられても、目線を低く...本当に、おじいちゃんが孫に語りかけるような...また、無条件に引き込まれていく懐の深さに...講演の冒頭から自然に目頭が熱くなりました。

...こんな素直な気持ちで人の話を聞くことなんて何年ぶりだろう...

続く...後ほど書き足します(^^)


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初会議!
2007/10/27 11:00:13 書庫 全般
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2008年度(社)日本青年会議所沖縄地区・ブロック協議会の初会議...第1回会員会議所会議が、昨日開催されました。

2008年度の沖縄地区協議会・ブロック協議会の基本方針や事業計画を、沖縄県内10箇所の青年会議所理事長にお計り頂き...また、日本JC、地区・ブロック協議会の事業に対し、各地青年会議所の理解と協力を得ていく会議となります。

一昨日は...午後7時から11時過ぎまで...沖縄地区協議会の正副(会長)会議、昨日は...午前10時から12時まで役員会議を行い、午後から5時まで会員会議所会議を行ったのですが...今年、直前理事長となり、少しだけご隠居生活をしていたので、この長時間の会議は...かなり疲れてしまいました。。。

しかし、この会員会議所会議に居並ぶ沖縄各地のJCの理事長を前にして、沖縄地区協議会の事業執行を任される副会長としての責任の大きさを再認識...

頑張らねば...

 


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陸上自衛隊第一混成群長...
2007/10/25 13:09:20 書庫 全般
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昨夜は、陸上自衛隊第一混成群長の鈴来一等陸佐が八重山視察の為に、石垣を訪れていたので、その日の夜の懇親会に参加して来ました。

鈴来群長...防衛大学を卒業後、全国の自衛隊基地に勤務されたのですが、ずっと...国境に接する地域の基地に配属されており、今回も...我が国の南の国境地域ということで...「ずっと防人としての人生です...」と、懐の深い笑顔を見せていただきました。

鈴来群長から、我が国の防衛の話について、とても有意義なお話をお聞きできたのですが...鈴来群長が、韓国の日本大使館の防衛駐在官として勤務されていたときの話で、韓国のある都市(名前は忘れてしまいました)が、各国の軍の音楽隊を招いてのコンサートが開催された時の話で...

日本の陸上自衛隊の中央音楽隊も招かれたのだそうです。

メディアを通じて知る...韓国の反日感情から、日本の自衛隊の音楽隊が、招かれるなど、有り得ないと思っていたのですが...

鈴来群長も、反日感情の強い韓国に、航空自衛隊のC-1輸送機で、陸上自衛隊の中央音楽隊を韓国の地に輸送することを...若干心配していたようです。

しかし、コンサート当日...各国の軍の音楽隊が、街の目抜き通りをパレードするときに、その街の市民たちが、陸上自衛隊中央音楽隊に対し...

『イルボン!イルボン!...(イルボン:朝鮮語で日本)』と声援を送っていたのだそうです。

日本のメディアも、こういうことを、ちゃんと報道して欲しいですね〜

鈴来群長...今日は、与那国島まで行くそうなので、我が国最西端の地をしっかり視察して下さい!

さて...2008年度沖縄地区・ブロック協議会第1回会員会議所会議、現年度沖縄地区協議会主催の「地区フォーラム」が開催されるので、今日から...那覇に行ってきます。

今回の地区フォーラムは...

ベストセラーになった『おじいちゃん戦争のこと教えて-孫娘からの質問状』の著者、元陸軍士官学校(第60期)出で、アサヒビール名誉顧問の中條高徳氏の講演です。

今年7月に開催された、日本JCサマーコンファレンスのメインフォーラムのパネリストだった中條氏の講演...絶対に聞くべきですよ〜

(社)日本青年会議所沖縄地区協議会07地区フォーラム

中條高徳氏講演会 演題「志高く生きる」

明日..10/27(金) 午後7時から、沖縄都ホテルで開催されます!(入場無料)


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